都留文科大学学報(第145号)
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 都留文科大学で4年間、あるいは6年間を過ごされたみなさん、いまどのように学生生活をふりかえっているでしょうか。最後の1年間は、卒業研究をすすめるにも、進路を決定するにも困難を抱えた歩みだったでしょう。いきなり始まったオンライン授業、私も試行錯誤の連続でした。それでも、Web会議システムによる近況報告のなかで、学生が自粛生活のなかで腕を上げた料理の写真を見せてくれたり、部屋で飼っているペットを出演させてくれたり、と心和むひとときもありました。そして、こうした小さなエピソードを含め、オンラインだからこそできることもある、その強みをいくつも発見できました。困難にぶちあたると何とかしようと知恵が出てくる、これは人間のもっているたくましさではないでしょうか。 国文学科のみなさんは、時空を超えて作品世界に入り込み、おおいに想像をはたらかせるという体験をしてきたと思います(これを映画化するとしたら配役は・・・といったことを含め)。想像力の描き出したことを客観的に検証していくという側面が文学研究にはあるでしょう。想像力をはばたかせることは次なる創造の源泉です。また、その営みによってこそ、困難な現実をしたたかにきりぬけていくことができると考えます。とくに、いま、これからを生きるうえで、他人を思いやる豊かな想像力を、さらに培っていきたいものです。 どのような状況であれ、希望の光はあり続けることを信じましょう。みなさんのあらたな門出をお祝いします。 多くの人は幼い頃から定期テスト、入試、それから就職の採用試験など数え切れないくらいのテストを受けてきたことでしょう。日々コツコツとまじめに勉強していれば学力も向上するでしょう。この時点ではテストは学力を推し測るためのよき指標といえます。ところが、テストの点数を上げることばかりに関心が向けられると、そこで出題されるようなことしか習得せず、結果的にいびつな学力を身に付けてしまうことになります。こうなってしまうと、テストは本来の役目から遠く離れた粗悪品に陥ってしまいます。こうしたことはテストが本来測りたいものを部分的にしかとらえられないことによって起こります。 小学校6年生の授業時間は一単位時間を45分とすると、なんと761時間にもなります。そんな膨大な時間の積み重ねをたかだか数十分で測ろうとするのですから、テストから得られる情報はどうしても断片的なものにならざるをえません。でも、だからといってすべての子どもの一挙手一投足を761時間にわたって観察するなど到底できません。ですから断片的な情報であってもいいから、テストを実施してそこから得られる得点によって子ども達の学力を“推し測ろう”とするのです。 昨今の日本はどこもかしこも“エビデンス”、“証拠”という大義名分のもとに数値データを求められています。しかし、その大義名分を絶対視し、数値を高めることに腐心するようになった瞬間にデータはその意義を失います。学校の先生になる方にはこのことを心にとどめてもらいたいと思います。高めたいのは子どもの学力であって、テストの点数ではないということを。卒業おめでとうございます。想像力を糧に学校の先生になるひとたちへ国文学科教授佐藤明浩学校教育学科教授市原 学おくることば62021年3月10日(水)

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