都留文科大学学報(第145号)
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講演会だより 今年度の講演会は福永玄弥さん(本学非常勤講師)を講師としてお招きし、Zoomで開催しました。開始時には87名、講演中には100名近くの参加者がありました。 福永さんはチョ・ナムジュ/斎藤真理子訳『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房、2018 [2016] 年)を、一人ひとりの人生(個人史)と歴史的場面との結びつきを社会構造のなかで理解する力とされる社会学的想像力(C・W・ミルズ)を補助線として、韓国社会の構造変動や女性運動・フェミニズムの展開に位置づけながら講演されました。本作品の主人公であるキム・ジヨンは、会社員の夫とソウルのはずれに住む一児の母で、ある日を境に突然自分の母親や身近な女性の人格が憑依したようにふるまうようになります。主人公を診察する精神科医のカルテという体裁で、自身と彼女が出会った女性たちの個人的な物語を回顧するストーリーです。ナレーションは、国文学科4年生の小野寺絢香さんが担当しました。 韓国におけるジェンダー差別は、強固な儒教規範と日本の植民統治の残滓である家族法、軍事政権が進めた開発独裁によって制度化されました。主人公の母が1960–80年代に経験した性差別は、国による産児制限と男児選好がもたらしたいびつな出生性比や、低賃金労働を甘受する女性に対して男性世帯員の選択が優先される家族関係に現れています。また、主人公の友人の語りからは、女性を二級市民として処遇する徴兵制が男性優位の就職活動を支えるよりどころとなっていることもわかります。このような女性個人が抱える問題を代弁したのが、従来の民主化運動に代わって1990年代に展開した女性運動です。 主人公の2000年代の経験からは、子どもをもつ母親の就労を排除する労働市場の構造がみえてきます。また、物語の舞台から去ることになる「名前がない女性」には、生計維持と通学の両立に苦心する女子大学生の姿が垣間みえます。いずれも1997年のアジア通貨危機を受けた韓国経済の構造調整の産物です。 今日の韓国の女性運動は、性犯罪とミソジニーに加え、公的・私的両領域での男性への従属も争点にしています。校則にみられる女性差別への抗議から#Me Too運動にいたるまで、「普通の」女性が担うフェミニズムが台頭する一方で、それへのバックラッシュが深刻であることが主人公の経験から紐解かれました。 福永さんは最後に、主人公が「つながらなかった」女性として性的マイノリティや韓国籍を持たない女性たちを挙げ、2000年代以降のフェミニズムがマイノリティとの連帯を進める一方で、主人公からはその「同時代性」がみえないと強調されました。さらに、本書が日本でブームとなる一方で、「慰安婦問題」への関心には展開していない現状から、韓国フェミニズムが「他者」としてしか受け入れられていないとする福永さんの指摘には、越境するフェミニズム実践の困難を突きつけられた思いです。 講演後にはZoomのチャット機能を活用した質疑応答がなされました。韓国のフェミニズムがリベラルな男性を巻き込み、女性蔑視の実態を男性に可視化するうえで採った運動戦略や、現代韓国の家族制度などにも議論がおよび、双方向的な討論の場が実現しました。(比較文化学科准教授 佐藤 裕)2020年度ェンー研究ロラム講演会韓国フェミニズムを〈読む〉―『82年生まれ、キム・ヨン』と社会学的想像力開 催:2020年12月1日(火)講演者:福永玄弥 氏講師紹介福永玄弥(ふくなが げんや)都留文科大学ほか非常勤講師。台湾国立中央大学と韓国延世大学で客員研究員(2018年と2019年)。専門は社会学、フェミニズム・クィア研究、地域研究(東アジア)。「東アジアとセクシュアリティの近代」を研究テーマとして、2000年代以降の東アジア(台湾・中国・日本・韓国)における〈LGBT〉の主流化について論考を発表している。382021年3月10日(水)

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