ブックタイトル富士道を歩く会 2012~2014の旅録

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富士道を歩く会 2012~2014の旅録

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富士道を歩く会 2012~2014の旅録

かって戸沢川と合流する。[4]た・田原の滝(たはらのたき)……谷村地区の最南端、桂川を挟んで十日市場との境界点に位置する。佐伯橋から眺めることができ、古来より富士道の絶景地として著名だったそうだ。[10]・太郎滝次郎滝(たろうだきじろうだき)……柄杓流川に落ち込む30メートルに及ぶ滝。上流の滝を太郎滝、下流を次郎滝という。次郎滝には、逃げてきた盗賊が滝壺に飛び込み亡くなるも、見つけることができなかったという伝説がある。[11]・都留郡(つるぐん)……古代以来、明治初期に至る甲斐国4郡の一つ。現在の北都留郡、南都留郡、上野原市、大月市、都留市、富士吉田市にあたる地域。都留市と混同して捉えがちだが、都留市よりもっと広い地域を指す。・都留市(つるし)……1954年に谷村町、盛里村、宝村、壬生村、東桂村が合併して成立した。[8]・道祖神(どうそじん)……路傍の神様。富士道を辿るなかで何度となく出会った。厄災の侵入防止や子孫繁栄等を祈願するために、おもに道の辻に祀られている民間信仰の石造物。[2][5][15] [16]は・八朔祭(はっさくまつり)……都留市を代表するお祭り。郡内三大祭りのひとつに数えられ、毎年9月1日に生出神社の秋の例祭として行なわれる。[5]・馬頭観音(ばとうかんのん)……道祖神とともに富士道を歩く道中たびたび見かけた石碑。馬が移動手段、荷運びとして多く使われたため、路傍に多く見受けられる。動物への供養塔としての意味合いが強い。[2]・東桂地区(ひがしかつらちく)……都留市の南西部を占める。1893年に桂村の東半分が分離しできた村名。それがのちに地区名として継承された。[11]・柄杓流川(ひしゃくながれかわ、ほか呼びかた多数)……西桂町下暮地に源を発し、夏狩の集落の北側を東流し、十日市場と川棚の境で桂川と合流する。年間を通して水量が豊富。[11]・富士山(ふじさん)……日本の最高峰。古来富士信仰が育まれた霊峰であり、崇高な存在としてもともと禁足地であった。時代が下るとともに修行目的を発端として富士登山が広まるようになる。・舟場橋(ふなばばし)……田野倉中野地区から桂川を渡り小形山堀の内を結ぶ橋。[2] [3]や・谷村地区(やむらちく)……都留市のほぼ中央に位置する。1875年までは上谷村、下谷村に分かれていたが、同年に合併し谷村が村名となる。1954年(昭和29)市制執行後には地区名として継承された。・養蚕……カイコを飼ってその繭から生糸をとること。外国製品の輸入に押されるまで、郡内地方は養蚕が盛んだった。全盛期は織機をガチャンと動かすと万のお金が儲かるということから「ガチャマン時代」と呼ばれた。※[]内の数字は表記された回の番号参考文献『都留市地名事典』第22・23号『郡内研究』合併号都留市郷土研究会2012年3月発行・八朔祭(はっさくまつり)53富士道を歩く会