ブックタイトル富士道を歩く会 2012~2014の旅録

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富士道を歩く会 2012~2014の旅録

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富士道を歩く会 2012~2014の旅録

武井昔の(旧制)中学の1年、2年、3年ぐらい。だから、今の学生はいいよなあ。**編集部あらためて全体を振り返っていかがでしたか?反省などありますか?内藤それが難しいんだよね。武井富士道を時代考証をきちっとやって、どの時代、どこを歩いていたか詳しく調べたいね。十日市場あたりまではだいたいわかるけど、そこから夏なつ狩がり通ったのか鹿留通ったのか、わからないですよね。そういうことを、できたら皆さんに調べてもらいたい。それがなかなかわからないんだよね。河野今回も、鹿留の方面は行かずに、夏狩から行ったからね。その辺がどうなっているのか。旧道は十日市場の坂をのぼりきったところから、中華料理屋があるでしょ、あれを通りすぎると左にずっと入っていく道ある。すると線路を渡って、蒼富士道を時代考証をきちっとやって、どの時代、どこを歩いていたか詳しく調べたいね――。竜峡団地へ行って、鹿留の集会所のところを通ってね、発電所のところに出て、境に出てくる道がある。だから、この道も使われたのかどうか。十日市場から両方選択できるから。富士道のルートは時代によって変遷していることが知られています。しかし、そのすべてが明らかになっているわけではなく、場所によってはどこを通過していたのかがわからない場所もあります。そのうちの一つに、桂川の名勝田原の滝以降の道のりが挙げられます。河野十日市場の田原の滝は、あれっきり(左岸に)道がないからね。川を渡らないと行けないからね。滝の上を通らなければ。武井「十万石(飲食店)」の横を通ってね。河野あの辺の人に話を聞くと、なにかわかるかもしれない。内藤住んでいる人が言い伝えで聞いているかもしれないね。武井下浅間には宿場あるから、下浅間には出てくるからね。編集部夏狩で雨宿りしたお寺ありましたよね、あそこの坂をのぼっていくと真ん中に道標が建っている。あれは富士道が通っていたということですか?武井という説もあるよね。夏狩の古い人に聞いてね、わかると良いのだけど。研究書をひもとくと想定されるいくつかのルートが示されています。ただ、それを裏付ける資料はほとんどないのが現状です。そのなかで内藤さんたちは、地元に暮らしている人50Field・Noteブックレット1