ブックタイトル富士道を歩く会 2012~2014の旅録

ページ
39/56

このページは 富士道を歩く会 2012~2014の旅録 の電子ブックに掲載されている39ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

富士道を歩く会 2012~2014の旅録

ブックを読む

Flash版でブックを開く

このブックはこの環境からは閲覧できません。

概要

富士道を歩く会 2012~2014の旅録

休息所となったのだろうか。富士吉田市で高校時代を過ごした郷土研究会の河こう野の迪みち治はるさんによると、現在の下吉田は、絹織物で栄えた街だったという。「絹屋街っていって、それは賑やかだった。ものすごい活気だったんですよ」。やはり当時を知る人に聞くと心に響く。駅付近の「西裏」は、当時の歓楽街であり、絹の売買で懐を温かくした人たちがやってきていたそう。しかし、絹屋街も西裏も、当時の面影はない。この回では、ほかにも、下吉田駅を中心に、神社仏閣をいくつか見て回った。それ以外に、富士道には直接関係がない道標を見た。善くわうじ(長野県)、をだはら(神奈川県)、かうふ(国中方面)と、さまざまな地域が登場する。古くから多くの往来があったのかと想像するのは容易い。ただ、どんな人がどんな思いでこの道標を見たのだろうか。いくつもの道標を見てきたからか、そんな想像もしたくなる。縦横に結ぶ街道の存在を物語るその背景に、多くの人々の足音が聞こえてくるようだ。39富士道を歩く会