ブックタイトルフィールド・ノート no.84 Mar.2015

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フィールド・ノート no.84 Mar.2015

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フィールド・ノート no.84 Mar.2015

no.84 Mar. 2015 28そのようすを見せないだけだった。じつはえっこさん、イベントを企画するのは初めてだったという。ただでさえ何かを企画することは苦労が絶えないのに、初めてであれば、なおさら大変なことも多かっただろう。それならば、苦労話が出てくるのだろうと思い尋ねてみても、代わりに話してくださるのは、イベントに協力してくれた人の話やそのかたがたへの感謝の気持ちだった。五右衛門風呂あったらなとナチュラルリズムで言ったところ、その場にいた人が、作ってやるよと声を上げてくれた話。暑いなかイベント当日のようすを記録するため、カメラの故障があったにもかかわらず最後まで撮影しきってくれた知人の話。イベント企画の経験もあるヒーコさんは、実行にあたって必要なことを一から助言し手伝ってくれたという。えっこさんは言う。「助けてくれた人とか、もちろんヒーコさんだし、やっぱ苦しいときに助けてくれた人たちは絶対一生忘れない」。自分の苦労を話すことよりも周りの人にお世話になったことを話すえっこさん。そんなえっこさんだからこそ、手を差し伸べたくなるのだろう。尊敬する人される人「尊敬する人とか言われても何言ってんのみたいな。こっちなんですよ」。えっこさんは笑いながらおっしゃった。ヒーコさんの尊敬する人ということで、えっこさんを紹介していただいたけれど、えっこさんもまたヒーコさんを尊敬していた。これは、おふたりに限ったことではない。今までお話をうかがったみなさんが、「むしろこちらが尊敬している」と言い、お互いを尊敬し合っていたのだ。尊敬する人される人は、一方的に敬う先生と生徒のような関係ばかりを思い描いていた。けれど、おふたりのように、じっさいに行動をともにする同志のような関係もあったのだ。先生のような存在であれば、自分には手の届かないはるか遠くにいて、違う世界にいるようにさえ思えてしまう。けれど近くにいて同じような目標や思いをもつ存在だからこそ、身に染みてすごいと思えるのかもしれない。私の尊敬する人をきっかけに始まった連載だけれど、今の私にとっては、出会ったすべての人が、誰かに紹介したいと思えるすてきなかたがただ。みなさんにお話をうかがうと、当時の思い出や出来事を描き出すかのように詳しく教えてくださる。それを聞いていると私は、まるで自分もその場にいて、一緒に見てきたひとりであるかのような気持ちになっていた。そのときいつも私には、考えていることがある。それは、「自分ならどうするだろう、自分にはできるかな」ということ。知らずしらずのうちに、その人に自分を重ね合わせていたのだ。こうやって自分というフィルターを通してその人をのぞいてみる。すると、ぼんやり「すごい」とだけ思っていたものに、実感がわき感動が増して、今までよりずっとその人がすてきに見えたのだ。「ルナソル」のチラシ。2015年5月23日24日には大月ピラミッドセンターで第3回目のルナソルがおこなわれる伊藤瑠依(社会学科2年)=文・写真