ブックタイトルフィールド・ノート no.84 Mar.2015

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フィールド・ノート no.84 Mar.2015

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フィールド・ノート no.84 Mar.2015

川岸でやるもんだから、(どんど焼きの)焚き火のなかにまだ火の残ってるのがあって。それを川原で拾った石を竃かまどみたいに積んだところへ入れて遊んだね」と、いたずらっ子のような笑顔で話してくださった。道祖神は子ども好きな神様で、子どもがするいたずらは怒らないといわれる。そのときの子どもたちの姿を想像すると、微笑ましさとともに、祭り独特のおおらかさを感じる。今ではそういう遊びをする子どもはいないそうで、祭りへの親しみかたも変わっているのかもしれない。祭りが終われば地域の人たちで集まってお酒を飲む。昔はそれと一緒に子どもたちに煮物やお菓子を配っていたので、それも楽しみだったとおっしゃっていた。祭りが続いていくのは道祖神祭が生まれた経緯ははっきりとしない。純粋に道祖神を祀るためという説や、山の神様を迎えるための準備という説など諸説ある。「人間が生まれてから死ぬまでの繁栄を願ってやりはじめたのかもわからないね」武井さんは道祖神祭のはじまりをそう表現された。たとえば、祭り当番の組の人たちが、祠を持って家々を回り、ご神物を集める「集めっこ」。このとき、組の人々は「べっこんべっこん、だせやいだせやい」と言いながら回るそうだ。とくに、赤ん坊が生まれた家では「あかだせ」、お嫁さんをもらった家の前では「よめだせ」と言う。そうした家は自分たちを守る神様へのお礼としていつもよりご神物を多めに用意しているのだとか。また、祭りをおこなうさい、当番の組に不幸があったときは、その年の当番を外され、次の当番の組が代わりに請け負うことになっている。それは、なにかあったときにも変わらず祭りを続けていくための決まり事なのだろう。祭りの準備はほとんど一日仕事だ。そのぶん、一緒に作業をしたりご飯を食べたりすることで村内の親睦を深めることにつながる。冬の閉農期におこなわれるこの祭りは、人々にとって楽しみな行事だったはずだ。今は会社に勤めている人も多く、みんなが祭りのために休みを取れる+わけではない。楽しくても、祭りを続けることが負担になることもある。けれど決して祭りをやめないのは、どこか心に「なにかあったら」という畏れがあるからだと武井さんはおっしゃっていた。信仰と安心と特定の神様を信仰するうえでおこなわれる祭り。それが何十年、何百年と続いていく根底には、祀る神様への信仰が強くあるのだと思っていた。けれど、お話を聞くなかで、武井さんがたびたびおっしゃっていたのは「なにかあったら怖いから」ということ。道祖神を信じていないわけではないだろうけれど、信仰というより、安心のために、というのが、今の祭りを続ける大きな理由だ。私も、なにかの祈願や初詣には決まった神社へお参りに行っている。それは信仰心より、決意表明や自分への元気付けというほうが近い。そこへ行くことで、それをすることで、なんだか安心する。ふだん、取り立てて信心深いわけではない私にも、そのなんだかわからない安心感はある。その安心感が、祭りを伝え、繋げていく核なのかもしれない。金原由佳(社会学科2年)=文・絵