ブックタイトルフィールド・ノート no.83 Dec.2014

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フィールド・ノート no.83 Dec.2014

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フィールド・ノート no.83 Dec.2014

都留の町を歩いていると、よく溶岩を見かける。それは大抵、目線より少し下のほう。足元に。どうして都留には溶岩がたくさんあるのだろう。都留と溶岩の関係を知りたくなった。金原由佳(社会学科2年) =文・写真る。だから都留では溶岩を使用した石造物がなっているため、溶岩は比較的簡単に手に入士山の噴火活動で流れてきた溶岩が地盤と都留にたくさんの石工が集まった。都留は富があった。城の石垣や水路をつくるために、うになった要因には、勝山城と谷村城の築城ると、都留市で石造物が盛んに建造されるよ都留市の石造物に関する文献をあたってみ都留と溶岩使われているのかという疑問がわいた。なその光景に、なぜ都留ではこんなに溶岩がに溶岩があり、利用されていたのだ。衝撃的けれど都留の町に来てみれば、いたるところ溶岩の姿に、思わずもったいないと思った。私は道の真んなかの生垣に無造作に置かれた道の中央分離帯に置かれているものだった。私が都留で初めて見た溶岩は、中央自動車と言い含められていたからだ。いつも「貴重なものだから触らないように」持ち帰ったという溶岩が置かれていて、私はは曾祖父が※冨士講で富士山に登ったときにな石」だった。それというのも、祖父の家に都留に来るまで、私にとって溶岩は「貴重1970年代以前は中央自動車道のインター溶岩の加工をされていたかお聞きすると、ら、と話を聞かせてくださった。んより詳しくはないけれどそれでもいいなのは地場石材店の奥さん。亡くなった旦那さ地だち場ろば石う材か店とを、たず10月ねた25日。に対都応留し市て駅く近だくさにっあたる石材を扱うお店でいまも溶岩は一般的なのれたのだ。た。そのため、大きな建物や石垣などに使わ類されるもので、硬く丈夫な性質をもってい山の溶岩流によってできた溶岩は玄武岩に分ど、丈夫なのだろうか。調べてみると、富士溶岩の姿は一見するとスポンジのようだけれどに利用されていた。ぽつぽつと穴のあいたのほかでは、石塔の根元の補強や蔵の土台なる土台にされているものをよく見かける。それるようなものでもない。むしろ石仏を支え立つ存在ではなく、石仏のように彫り物がさ垣であったり石畳であったりと、けっして目ころに溶岩が使われている。でもそれは、石の近くが多い。とくに寺社ではいろいろなと都留で溶岩を見かけるのは寺社周辺や水路多くつくられるようになったのだろう。no.83 Dec. 2014 42