ブックタイトルフィールド・ノート no.82 Aug.2014

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フィールド・ノート no.82 Aug.2014

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フィールド・ノート no.82 Aug.2014

性は、お揃いの衣装を着て踊りながら町内をめぐった。そして道中お賽さいせん銭をもらいながら進み、所々にある会所や「うちの前で踊ってくれ」という人の家の前で踊りを披露したそうだ。当時の様子を語る佐藤さんは楽しそうに笑った。写真にのみ残る仮装行列の姿が、鮮明に浮かぶようだった。佐藤さんにカッパの仮装行列の写真をお見せすると、スピーカーの上の看板に書かれている田たわか若の文字から、田たまち町(現在のつる一丁目)にあった若連だろうとおっしゃった。ただ、田町は生出神社にゆかりはないという。ほかの町内がやっているのをみて田町でも始めたのでは、と佐藤さんはおっしゃった。そして、なぜカッパの仮装をしたのかはわからないそう。行列はそれぞれの町内だけをめぐるため、ほかの町内の行列をみる機会はあまりなかったそうだ。私は、カッパの仮装をしたのは、都留に残るカッパの民話から着想を得たのではないかと考えていた。都留にはたくさんの川があるため、カッパの登場する民話がいくつかあり、長安寺前にもカッパの石像がある。そのことをお話しすると、佐藤さんは「そうかもしれないね」と興味深そうに聞いてくださった。記憶から知ること現在の八朔祭について、早馬町屋台保存会の花はなだ田敬けいいち一さん(71)にお話をうかがった。現在の八朔祭には若連と呼ばれるようなグループはない。けれど町の子どもたちや女性たちがお囃はやし子や踊りを披露したり、若者に飾り屋台を引っ張ってもらったりしている。仮装行列もなくなってしまったが、八朔祭のイベント「ふるさと時代祭」のなかでは大名行列がおこなわれている。「だいぶ昔とは祭りの形態が変わってるんですがね」と花田さんはおっしゃった。また、花田さんはお宅に飾ってある八朔祭の写真を見せてくださった。そこには、毎年の大名行列やお囃子に参加する息子さんやお孫さんが写っていた。その表情はどれも楽しそうな笑顔。家族みんなが八朔祭を楽しんでいることが伝わってくる。今回、取材をさせていただくなかで、佐藤さんが「若者連だった人もね、遠くへ行ったり、死んじゃったりで、もうほとんどいないよね」とおっしゃっていた。もしかしたら、十年、二十年後には文献や写真に残ったもの以上のことを知ることができなくなっているかもしれない。そう思うと、私は記憶がなくなるということを初めて怖いと感じた。記憶は、その人の目でみたもの、聞いたもの、感じたことも含めて語られる。それが記録になるということは、歴史は誰かの人生の一部をわけてもらうことでできているということなのではないだろうか。記憶を記録するということ。それは、誰かの人生を遺すことなのだと感じた。花田さんのお宅でみせていただいた、今の八朔祭の写真。あの写真も、いつか仮装行列の写真のように、当時を思う貴重な記録になっていくのだろう。『思い出のアルバム都留』より、早馬町の若連。昭和22年ごろ撮影。前から2列目、右から5番目のかたが佐藤さん