ブックタイトルフィールド・ノート no.82 Aug.2014

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フィールド・ノート no.82 Aug.2014

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フィールド・ノート no.82 Aug.2014

記憶を遺すことこの写真、なんだろう。そんな疑問からみえてきたのは、本や写真だけではわからなかった、都留の祭りの歴史。金原由佳(社会学科2年) =文cミュージアム都留とだった。また、若連は「若わか者もの連れん」を短くし防の仕事を分担して請け負っていたというこ集まりで、その地域における祭事・警備・消は、若連が各町村内ごとに組織された若者の仮装行列について調べ始めてわかったの仮装行列を尋ねてとにした。なった私は、仮装行列について調べてみるこうしてカッパの仮装をしたのだろう。気に聞いたことがない。若連とはなんだろう、どような仮装行列はないし、若連と言う言葉もと書かれていた。現在の八朔祭にこの写真の若わ昭和か連れんによ20年っ代てかおらこな40年わ代れ始ため仮ま装で行八はっ列朔さく祭まのつりもののさだいには、市民のかたから寄せられた記憶として、と写真に添えられた解説を読んでみる。そことっている。なにかの祭りの写真だろうか、おそらく紙製の、手作りの仮装でポーズをに、カッパの仮装をした人々が写っていた。のついた大きなスピーカーをのせた車を背景枚の写真が目に留まった。そこには、花飾り未来へ贈る地域の記憶―」に行ったとき、15画月展に「ミ写ュ真ーがジ伝アえムる都都留留での開思かいれ出た―企祭りではお神輿を担ぐほか、小中学生や女たという。新しん町まちなら新しん若わか、早はや馬うま町まちなら早はや若わかと呼ばれていだそうだ。若連はそれぞれの町の一字をとり、した仮装行列を作り町内を巡ったのが始まり輿の巡業だけでは寂しいからと、趣向を凝らそのなかで、神社に関係のある各町が、お神もともと、八朔祭は生お出いで神社の祭りだった。のだ。さいに若連として仮装行列に参加されていたね」と、写真の青年を指差す。佐藤さんはじっんが提供された写真があった。「ここにいるすると、『思い出のアルバム都留』に佐藤さ同日、佐藤さんに若連についてお聞きする。たを紹介してくださった。ないか尋ねると、佐さ藤とう滋しげさるん(84というか)たに若連について詳しいかたがいらっしゃら6月29日、ミュージアム都留の学芸員のかとを覚えている人は少なかった。たに尋ねてみても、そうした催しがあったこのは昭和22年や28年と古く、谷村町周辺のか行列の写真があった。けれど写真が撮られた出のアルバム都留』のなかに、いくつか仮装たらしい。都留市の古い写真を集めた『思いたもので、もとは「若わか衆しゅ組ぐみ」とも呼ばれてい