ブックタイトルフィールド・ノート no.81 Jun.2014

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フィールド・ノート no.81 Jun.2014

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フィールド・ノート no.81 Jun.2014

37というところに、私たちの年代との無尽文化の浸透具合の違いを見た気がした。それだけ根付いていて、そのかたがたにとって当たり前のことなのだ。だから何となくでつくれる。私にはない感覚というものを目の当たりにしたようで、無尽文化への距離感の違いに切ないような感覚を抱いた。無尽というと快く送り出す また、相川さんたちの親世代の無尽について面白いお話を聞かせてくださった。今の無尽をおこなう場所は、無尽ごとに決まっている。「三吉会」は二、三件のお店を順に回っているそうだ。しかし相川さんたちのいう親世代の無尽は、無尽をメンバーの家でやったというのだ。それもひとりの家ではなく、たとえば前回お金を貰った人、というように順番に会場を回す。会場となった家の人はおしんこうのようなその人の自慢の料理をみんなに振る舞う。そしてメンバーはその家でお茶を飲み、わいわいと楽しく話をするのだ。 相川さんのお母さんも無尽に行っていたそう。「三吉会」は男性だけが所属している無尽だが、当時無尽というと奥さまがたが入っていることが多かったのではないかという。男性は当時外へ女性が出かけていくというのを、あまり快く思っていなかった節があったそうだ。しかし、何故だか無尽だというと旦那さんも「いってらっしゃい」と快く送り出したという。女性にとって貴重な外出の機会だったのだ。相川さんが当時のようすを思い出しながらおっしゃった。「ま、僕たちは当時そういうのはわからないんですけど、お母さんたちは、うん、まあ子どもながらにして、『無尽に行く』っていうと『ああ、無尽に行くのかあ』って」子どもも「無尽」というと親にくっついて行くということをしなかった。それが当たり前に思っていたという。どうやらその流れというのは今でも繋がっているようだ。相川さんがおっしゃる。「無尽だったら『いってらっしゃい』て。だいたいそうだよな。ちょっとお酒飲んでくるよって言うと奥さんもうんとは返事しないんだけど、気の合った仲間で無尽に行ってくるよって言うと快く」なるほど、無尽に行く側の人が変わっても無尽と言ったときの反応は変わらないものがあるのだ。         * 無尽に限らず、その地に根付いている文化は未来永劫変わらずに続くとは限らない。変わることもあれば変わらないこともある。変化していけたからこそ、金融機関としての形態は薄れても親睦を深めることが主体となって無尽は今も残っている。その随所随所の形がすべてそのときの「無尽」であり、文化だ。だから私は相川さんたちの形態の無尽も、金融が色濃い無尽も、すべてが「本来の無尽」だと思うのだ。「三吉会」がよく利用する「欧風料理 ミッシェル」(上)と「八やおきはんてん起飯店」(下)。無尽ごとに、集まる場所は和洋中問わずさまざま【参考文献】杉本仁「選挙の民族誌 日本的政治風土の基層」、新泉社、2007 年