ブックタイトルフィールド・ノート no.81 Jun.2014

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フィールド・ノート no.81 Jun.2014

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フィールド・ノート no.81 Jun.2014

no. 81 Jun. 2014 10 山口さんがほしのさと工房をはじめたのは1997年。大きなきっかけは山口さんの娘さん、利りえ枝さんにあった。知的障がいをもっていた利枝さんは、あるときから体を満足に動かすことができなくなってしまった。外に出ることも困難になってしまい、徐々に家にこもりがちになっていった利枝さん。そうやって過ごすことは、利枝さんと社会との接点がなくなっていくということだ。そこで山口さんは思う。娘と社会との接点をつくりたい。アトピーだったお子さんたちのために、以前から天然酵母のパンをつくっていた山口さん。パンづくりなら利枝さんと一緒にできると考え、「パンのいえ ほしのさと工房」を開業したのだ。子どものためと思ったから山口さんはお店をはじめたことを気軽におっしゃっていたけれど、私にとっては勇気のいることで、怖さもあるように思える。そういった気持ちはなかったのかと尋ねてみた。「子どものためと思ったからですよね、自分のためとか、営業して利益をと思ったら絶対山口さんの強さ 「では、今も娘さんとご一緒にお店をされてるんですか」とうかがうと、山口さんはゆっくりと落ち着いた声でおっしゃった。「娘は亡くなりました」。驚きと、申し訳ないような気持ちでいっぱいになり、つい言葉につまってしまう。笑いを交えながら話し、終始おだやかな山口さんに、そんな過去があったなんて想像もしていなかったのだ。決して辛さを表には出さない山口さん。ふだんの温厚な姿からは見えない、心のなかにある強さを見つけた気がした。利枝さんが亡くなってから山口さんはお店をしていく意味がないとも思ったそうだ。けれどあるとき利枝さんの書いたものを見つける。そこには、アレルギーのある子どもも食べられるパンを提供したい、とあったそうだ。その意思を継ぐ思いで山口さんはお店を続けることを決断したのだった。現在山口さんは、マクロビオティックの勉強会や料理教室をしながら、お店を続けている。今のやりがいはなにかとうかがってみると、お店を訪れる人たちがマクロビオにしなかったと思うんですけど」。またお子さんたちも、お母さんは言い出したことはなんでもしちゃう人間だから、と言って協力してくれたそうだ。ここで私は当初から不思議に思っていたことをうかがった。なぜこのような住宅地にお店を建てたのか、もっとわかりやすいところにお店があってもよいのではないか。山口さんはおだやかな表情でおっしゃった。「売りたいとかじゃなくて、目的が利枝が来てくださる人と対話できる場所ということだったら、この場所で十分じゃないかっていうふうに私は考えたんですけどね」。ほしのさと工房の目的、そして山口さんの考えの軸にあるものは、いつでも利枝さんだったのだ。続けて山口さんはおっしゃる。「ほかの人がふつうにできることができないわけですよね、でもほんのちょっとでも、ふつうの人ができることに近づけることの喜びってほかのかたができる数千倍、数万倍じゃないですか。なにかひとつでもこの子がお店をすることによって、楽しい思いとか充実した思いがあればそれで、ここの目的が果たせるって思って」